初めて先生におめにかかった時のことをよく思い出す。
今から二十年前、紅白歌合戦審査員の控室のことであった。
確か先生は藤色の着物をお召だったと思うのだが、同じような色を女優さんが着ていた。
すると先生は、すっと別室に消えたかと思うと、今度は別の着物に着替えていらした。
あの頃はまだ着物に興味も何もなかったので、まず考えたのは
「着物を二枚ももってくるのは大変だったろうなあ」という単純な感想である。
しかし今は、それがどんなにすごいことかわかる。
女優さんに対する配慮や気遣い、また自分に対するプライドがなせる業である。
(宮尾登美子の世界)
華やかな美学
この文章を書かれたのは林真理子さんです。
林さんの目の付け所がさすがと感じています。
この方の文章の切り口は、一貫して「ファッション」であって、ブレがないところがかっこいいです。
そして宮尾登美子さん。
女優さんとの着物の色の重なりに気づいてそっと着替えてきた、ということでわかるのは、替えの着物の準備をしているのはきっと今回に限らないだろうということ。
どの「場」に行くときも、常に準備をされているから成せることだということ。
着物の準備って、洋服の何倍も大変だと思います。
着物特有の持ち運びの手間もあるし、帯や小物もそれぞれ別に準備しているはず。
これだけ周到な準備は、徹底した美学があるが故のことかと感じます。
泥中から
宮尾さんは、人生中盤においてものすごく泥臭くあがいた時期がありました。
また、身体が弱く、何度も病気をしています。
でも、むしろ一度落ち切ってからが本番とばかりに泥の中から芽吹いてきたひとです。
この本の巻末には、宮尾さんの人生の線表が載っているのですが、小説が日の目をみた47歳からの執筆量が圧巻。
47歳って、今の私より年上です。
また、20代で作家を志して(しかも農家の嫁)、保母やライター、OLとして働かれてきた20年以上の期間がありますが、きっとこの時期にも山のような習作を書き続けてきたことがうかがえます。
その結果の多作、筆の速さであろうと思います。
華奢で病弱な方の、どこからこの力が湧き出てくるのか。
この本には、宮尾さんのポートレイトが掲載されていますが、そこに写る笑顔からは苦労は読み取れません。
品のいいおばあ様。
でも、この晴れ晴れとした笑顔は、やはり念願の作家になれたことの喜びをかみしめているからなのかと思います。



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