なぜ率直に語ってしまうのか。
それは、社会的な鋳型としての女らしさにはまらずに、同時に自分の持つ女らしさを些かも否定せず正直に生きるうえで、必要なことだったからだ。
女が男の行動様式をなぞることは本当の解放にはならないと私は思うし、服装にしても女性的イメージを避けたり、好きなファッションを諦めたりすることこそ、抑圧だ。だが、人々の頭のなかで女らしい外見は抑圧や遠慮とセットになっている。
女である自分を否定せずに「自由」を手にするには、常に率直すぎるほど率直に語り振る舞う必要があった。
(孤独の意味も、女であることの味わいも/三浦瑠麗)
本当の強さ
三浦瑠麗さんは政治学者です。
テレビにもよく出られていて、ロングの黒髪、清楚で華やかな服を着こなす綺麗な方です。
そして、エッセイストでもあります。
この方は、多分敵が多い。
女性には女性に好かれやすい雰囲気や装いというものがあって、あまりに女性らしすぎることは、しばしば他の女性の感性を刺激しすぎることがあります。
男性からもまた、そのような女性には何らかの過剰反応が発生することが多いです。
女性らしい、らしすぎる三浦さんは「女性が好む女性」からは外れています。
きょうび、賢さのある女性は、ある程度女性らしさを制限して、男女双方からみてちょうどいい感じ、で世を渡ります。
それは、私自身でいえば、外れるのが怖いからだったりします。
でも、三浦さんは人一倍頭のいい方で、女性の目線、男性の目線を当然認識した上で、女性らしさに振り切った言動を貫いています。
これは、本当に強い女性でないとできないことです。
多様性とは
多様性って、こういう古風で昔ながらの女性性も当たり前に受け入れられて初めて真に多様といえると思います。
そこが非難されているうちは、まだ過渡期なんだろうなと。
過渡期である現代に、女性らしさを貫く三浦瑠麗さんは、勇敢なひとだと感じています。



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