「男たちは、鴨居羊子の前で、しきりと頭を下げていた。対策委員会の会長も出てきた。「あんたのデザインで、ワテらを救うたって。ワテらのために衣装を作ったってェ」それは奇妙な図であった。業者は、哀願にちかいまでに鴨居羊子を口説いた。そのセリフを聞く彼女の表情は、放心したように、あらぬかたをむいていた。ポツリとはきだした言葉はこうであった。「肌をかくしても色気のある服装はできます。それが女の衣装というものやワ……」
私は驢馬に乗って下着をうりにゆきたい
かっこいい。
何がかっこいいって、この時の鴨居さんが、とても率直であることが。
率直であるってどういうことをいうのでしょう。
率直であるって、思うよりもすごく難しいことです。
単にテキパキ答えることとは違います。それはただの見栄っ張りであることのほうが多いように思います。
言葉を選ばず発言することでもありません。相手への配慮は、とても大切なこと。
率直さとは、嘘をつかない、見栄を張らないことだと思います。ここで難しいのは、他人に対してだけではなく、自分に対してもそうしなくてはいけないということ。
まだ若い昭和の女の子が、多くのおじさんに急に囲まれたらうろたえて舞い上がって、頼みごとに対してはイエスかノーでしか答えられないと思います。
でも、鴨居さんは単純な是非ではなく、
「肌をかくしても色気のある服装はできます。それが女の衣装というものやワ……」
と答えてみせた。
人は自分自身にさえ見栄を張る生き物だけれども、鴨居さんは思ったままを発言できています。
この振る舞いは一見、勇気や度胸に似ているけれど、そう呼ぶほどには肩ひじはらずにたんたんとしており。
この率直さは、鴨居さんの美徳の一つなんだろうと感じました。
じゃあ、私のような、この美徳を持ち合わせない者が率直に振る舞うにはどうしたらいいんだろう。
持たざるものが生まれつき持つ者に迫るには、「何度も繰り返す」という平凡な手段があります。
すなわち、いつも率直さを心がけること。
率直とは何か、をいつも考えること。
これを心がけてみると、他人に対してよりも自分に率直であることのほうがずうっと難しいことがわかります。
普段、どれだけ自分をごまかしているかもわかってくるようになります。
自分への嘘や見栄を少しずつ、薄皮をはぐように剥いていったら、ある日ふとあっと思う瞬間があったりします。
思えば、私にとっての繰り返しの一つに、こういう素敵な女性たちの振る舞いを書き留めるという行為がありました。一つ一つは大したことのないわずかな気づきだったけれど、少しずつ疑似経験としてわたしの芯になってきています。
率直さを学ばせてくれた鴨居羊子さんのこのひとコマを、ブログの投稿の始まりにえらびました。


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