
「おばさんは土地、家屋を評価して、そのころでざっと五千万ぐらいのものもちだったが、夫ははやなくなって娘も息子もなく、ときたま泊まりにきている遠い親戚の青年をみかけたぐらいの一人暮し。おばさんはいつも見事にふきこみ、みがきあげた茶の間で、冬でも火の気のない火鉢の前にキチンと坐っている。私の顔をみると、シガレットを一服つけながら娘をみるようななじんだ表情で、「まあ、坐んなはれ」とお茶を出してくれる。」
(私は驢馬に乗って下着をうりにゆきたい)
淡々した人がすき
小柄で化粧気の無いおばさんの、姿勢良く坐る姿が目に浮かびます。
取り巻く環境に左右されずに、たんたんと堅実に生きているひとが好きです。
資産持ちで、家族がいない。
私が同じ立場ならきっと、豪遊したり、見栄をはったり、寂しさに溺れたりしてしまうと思う。資産持ちになる可能性は少ないけれど、いずれ家族が(そばに)いないことになる可能性はある中で、このおばさんはいつか来る自分の姿と重なってみえます。
でも、このおばさん(私の心象ではおばあさんに近い)の凄味は、そういう物理的なカテゴリーに関係なく、自分がなすべきことを単になしているというところ。
用の美、というか。
実質的、実用的であることの美しさ。


コメント