「あのねルーシー。
あたし、いまちがうこと考えてるのよ。人には大きな声で言えないけれどシマッタと。女に徹することは人間になることと同じじゃないの。男と違うからこそ女じゃないかとやっと気がついたのよ。
ねえ、ルーシー。わたし女になりたいのサ。恋愛もしたいし。仕事が大事であるか。女が大事であるか?女の一部で仕事なんてやってみせらあ。
おお、なに言ってるんだろ?ワタシ。もう一つやりたい人生があるんだけどなあ」
(私は驢馬に乗って下着をうりにゆきたい)
グチさえも魅力的
あまりにまとまらない文章、めちゃくちゃな言葉。
酔っ払った上での言葉であることが、この文章のもう少し前から読むとわかります。
ただのグチ、でも熱のこもった魅力的な独白に、私は惹きつけられてしまいました。
事業を長年進めてきて、それなりに成功して、鴨居さんはふと、自分の来し方を振り返ってしまった瞬間なんだろうと思います。
この時代に女の人が事業主となることの大変さは、令和という恵まれた時代にあってもなお平凡な会社員の自分には想像しきれないところがあります。
鴨居羊子さんは独特で強いキャラクター性のある人で、男の人の思惑なんてけむに巻いてしまうイメージかあったのですが、本にも書かれていない大変なことはきっとたくさんあったんだろうと、この言葉から感じ取れます。
もう一つやりたい
単なるグチは人を惹きつけはしないけれど、鴨居さんの言葉はやはりすごい。
「もう一つやりたい仕事」ではなくて、「もう一つやりたい人生」
なんて大きなスケールで、この人はものごとを捉えているんだろうと思いました。
全く違う人生に憧れて思い描くのは、長い人生の中で誰でも抱く夢想だけれど、今の人生をやり直したい、ではなくて、並行して進めたいとのたまうとは、すごく貪欲。
いい女は貪欲。
つまみ食いなんかではなく、たっぷり両方、全部ワタシのものにしたい、という意気込み。
また、「女の一部で仕事なんてやってみせらあ」という啖呵もしびれます。
実際にそうできるか別として、その心意気自体がカッコイイ。
ところで、意図しているかどうか不明だけれど、この短い文章の中で、一人称があたしとワタシを揺れ動いていて、ざっとこの本を読み返してみました。
そうしたら、たいていは「私」で統一されている中で、この箇所だけ標記揺れしていて、こころのさざなみを感じました。
ただ鴨居さんのしたたかなところは、この酔っ払った時の言葉を、冷静なときの頭で本に書けるところ。
この、頭の芯の部分が冷静であるところが、鴨居さんの真髄なのかもしれません。



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