塩瀬の帯のお太鼓を見せて、先頭に座っていた六十代の女性が、老眼鏡を外しながら、後ろにいた私たちをふりかえった。
「どうぞお先にお入りなさいな。おたく、お三人さん。でしょ?」
「でも…」
順番を譲れば、その人は、さらに三十分以上待たなければならない。
「大丈夫よ、私、本を持ってきたから」
その人は、上等そうなキャメルの膝掛けの上に広げた文庫本を見せて、にっこりした。
そういえば、そのひとは、ずっと一人で本を読んでいた。老眼で、さすがに読むのに苦労するのか、少し読んでは、のんびりと庭を眺める。
その姿が、廊下の行列のざわめきの中で、飄々と自分の世界を楽しんでいるようにみえた。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて、お先に…」
茶室の入り口で会釈しようと振り返ると、その人はもう、文庫本と自分だけの世界に戻っていた。
(日日是好日/森下典子)
女性は気遣いの生き物であるからこそ
ハッとするような女性に出会うことがあります。
初詣のとき、鳥居の前で丁寧な礼をしていたひと。
電車で居住まい良く座っていたひと。
口角が上がってさっそうと歩いていたひと。
名前も知らないし、すれ違っただけのひとを、今でもすてきな印象とともに覚えています。
そして、年齢も雰囲気も違う彼女たちの共通点は、一人でいたこと。
女性は気遣いができるからこそ、人といるとどうしても率直さから遠くなってしまうから。
女性の魅力は、孤独の中でこそ真価を発揮すると感じています。

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