昔はよかった、とは言わないけれど、あこがれをもって夢想することはあるということ

桜庭一樹
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「兄じゃは女みたいにきれいじゃから、心配じゃ。女みたいにきれいな男ってことは、わかるか、女みたいに弱いってことじゃ。振袖着せるわけでなし、なんの役にも立たん。兄じゃは弱い男じゃから、鮪捕りの船にもよう乗らんかった。」

(赤朽葉家の伝説/桜庭一樹)

今の時代の恩恵は受けつつ

私は髪が短くて、我が家の子供の送迎は夫の役目で、結婚時、自分の苗字が気にっていたので夫に婿に入ってもらいました。

ジェンダーの垣根が低くなりつつある現代、私はその恩恵を受け、仕事を続けられてきています。

その上で、でも私はこの力強いセリフが好きです。

シンプルで、私心をはさまないところ。

この「赤朽葉家の伝説」は、昭和初期から平成に至るまでの赤朽葉家の女たちの人生の物語です。

このセリフは、主人公万葉の悪友(いじめっ子)のセリフです。

もし私が、この昭和初期から中期を生きていたなら、どんな人生だったか考えます。

明らかに、いまの生活ではなかったはず。

学校に行っていなかったかもしれない。

専業主婦であったかもしれない。

夫に不満を持ち、暗い家庭を築いていたかもしれない。

でも、この、知らなければ悩みようもないような、選びようもないような時代も、少しうらやましいというか。

選べてしまうから悩んでしまうことが、たくさんあると思います。

選択肢がそれしかなければ、悩まずに楽観的に生きられるのに。

選ぶことはエネルギーが必要で、だから今の時代は、エネルギー量の少ない(私のような)人間にはもしかしたら負担の大きい世の中なのかもしれません。

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桜庭一樹
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