それでこのごろは「腎不全と心不全のタニザキさんと五つ違ひだよ、冗談ぢゃないよ」と心の中でこぼしこぼし、重いゴミのバケツをエッチラオッチラ運び、運びながら、「谷崎さんは冷房付きの車で料亭へ行って、鱧のてり焼き、鮎の塩ヤキ、梅ナントカ、うづらやつぐみのお椀をたべ、家ではいすに腰かけて相模湾をみおろしてゐるのに」と思ひましたが私はエッチラオッチラ働いてゐるからいいので(小島さんの警報のおかげでネオマーガリンで炒飯を造り、オリーヴ油(サラダオイル)と酢でうで卵とトマト、玉葱、のサラダをつくり、パン三切れですませ、日に一度だけごはんを買つて(家で炊いたごはんより栄養がないから米飯の害が少ないと思つて)茄子をしやうゆと清酒少しで煮て、しょうがのすつたのをのせたおかづや、やき豆腐とピーマンを煮て半熟卵を流したのや、ピーマンと挽肉団子の煮たのや、引肉とトマトのマーガリンいため、牛肉カレーのカン詰め、たまにはタラコや塩じゃけ、つくだにでお茶づけとか、白胡麻をまぜたお湯づけ、を楽しんでゐますので尚元気)谷崎文豪は戦争中も鯛の塩やきをたべ、体を使はないで、「台所太平記」の女中を代りがわりに故郷へやつてリュックに一杯はこばせてゐたからよわいのでせう。
(ぼやきと怒りのマリア/森茉莉)
強烈な個性
森茉莉さんは森鴎外の娘であり、森茉莉さん自身が後年作家となったひとです。
これは、森茉莉さんが編集者にあてて送った書簡の一部なのですが、一冊の分厚いこの本「ぼやきと怒りのマリア」になるほど、ものすごい分量で、かつそれが毎日のように送られ続けています。
今回抜き書きしたこの文章は、途中に読点が一度もついていません。
これでひとつの文なんです。
一個人にあてた手紙でこの文字数。
さらに小説やエッセイを書いていたって、一日の執筆量はどうなっていたのか。
他の本を読むに、おそらく手紙魔であったので、編集者だけに手紙を書いていたわけでもないんだろうと思うと。
食への熱意という個性
この方の書く文章は、食べ物に対する情熱がすごくて、それなのにご本人はほっそりと小柄なおばあさんです。
この文章も、要約すると「谷崎純一郎は美食家だったので腎不全を患ったが、自分は労働しているし小食なので健康です。(どや)」で済むものです。
でも、この文章でしか匂ってこない物語があります。
文豪への嫉妬、美食への憧れ、境遇への不満、意外と現実的でもあるところ、強烈な生きるチカラ…
個性。
もうなんというか、嫉妬心すら沸かない、ものすごい個性があります。
きっと生きづらい、近くにいたら迷惑なひと。
個性的にはあこがれるけど、こうはなりたくない、でも素晴らしい文章・・


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